ニューヨークエッセイ
装置家の友人と照明デザインを担当していた私が、直しのために朝9時に劇場入りしたとき、技術スタッフが誰一人と見当たらず、いまだゴーストライトのみに照らされた暗闇の舞台は、まるで嵐の前の静けさでした。気性の激しい装置家の彼は、すぐさまテクニカル・ディレクター(TD)に電話をか
けますが、「プルル」ではなく優雅なクラシック音楽に設定しているTDの電話呼び出し音が余計に彼の怒りを買い、留守番電話に転送されたことでその感情はピークに達しました。「はい○○(TDの名前)です。ただいま電話に出られませんが、僕がいるからもう安心。何でも問題を解決します」といった自信に満ちた録音音声に続く発信音の後、電話のスピーカーから聞こえてきたのは「メモリがいっぱいのため、録音できません」を繰り返す無機質なコンピューターの音声でした。怒りの感情はピークを超えると笑いに転換するのか、彼はケタケタと笑い出し、この頼りにならないTDの話は今でも笑い話となっています。怪我人が出るような大失敗や仕事をすっぽかして現場に現れないような無責任はまったく笑えませんが、劇場や収録での些細な出来事はなぜがユーモアにあふれ、スムーズに終えた現場よりも、擦った揉んだが絶えなかった現場のほうが酒の肴になるようです。